事例
本稿は,次のような事例をイメージして記述しています。
・案件としては創業15年の会社
・残念ながら業績が昨対割れが続いてる
・株価としてみた時に上値切り下げみたいなトレンドでファンドは焦っている
・あなたはPMI担当としてこの株価をどう改善するか
構造から考える
私は構造論者なので構造から考えます。対象会社はオーナーさんがほぼ100%の株主であったところ,その株を売る決意をし,あなたのファンドが選ばれました。あなたのファンドが買収を主導してLBOを組成し,ファンドはSPCに資金を入れ,その入れたキャッシュ及び銀行から借りた資金がオーナーさんに行きます。オーナーさんは株式を手放してSPCが保有します。その後SPCが事業会社と合併します。これにより銀行からのローンが事業会社に付きます。このような構造をイメージします。
それぞれの状況に置かれた個人が考えること
ファンドは資本コストの高い資金調達をLPから行っており,IRR20%という目線があるので,買収した瞬間から焦っています。皆さんも株をやっていて例えば信用取引で10%も金利がかかったら焦ると思います。会社の方は創業15年もうベンチャーから脱して成熟しつつある企業になりつつあり,その中の人たちも10年選手がゴロゴロいるっていう感じで,ここに骨を埋めるとあと20年30年やりますよって感じの人達が多いです。そうすると,会社のメンバーはファンドのメンバーに対し,「なに焦ってんの?」という印象を持つことが多いだろうと推測がつきます。
もう一つは,これは誰のせいでもないんですがLBOがもたらす構造的弊害だと思うんですが,「のれんが生じる」ということです。この,SPCと事業会社の合併時に,のれん,要は買収した時の株式買収者の支払った企業価値と,実際の会社のに簿価純資産価額との差額です。これは,例えば10億とか計上され,5年とかで年間に2億ずつぐらい償却させているわけです。そして,「のれん償却費」PL上は販管費に計上されるので,営業利益はもともと4億ぐらいの会社が2億になっちゃった,ということになります。これにより,何か「焦らされる構造」になってしまったと感じることが推論されます。
また,LBOにより,「自分の会社が借金漬けにされた」ということも,事実としてあります。役員や従業員も会社の財産を引当てにしているので,そこについては(漠然とした)不満感は発生する可能性あると思います。
ファンドのインテリのメンバーが経営陣に入ってくる不安もあります。これを最初に書くべきかもしれませんが。
ですので構造的に,役員・従業員にとってはファンドはWelcomeではなく,関係の入り口としては,警戒・対立から入るということになります。
数字から課題を把握する
さて,一目見て,売上も限界利益率も下がっていて,粗利はもっと下がってます(0.9x0.9=0.81)。人件費・販管費はあまり意思の感じられない「成り」の計画により,毎年逓増しています。よって,さらに営業利益のダウントレンドは粗利低下率よりもさらに激しくなったいう感じですね。これは業績下降時によくあるパターンです。
販管費の増大には人員不足とそれを補う残業増があります。これは後で説明しますが,受注率と単価が下がると,営業メンバーは,過去の粗利額を維持するために長時間働いて同じ額を稼ごうとするし,会社も稼がせようとします。粗利のボリュームだけを追いかけているとそんな形になります。
PLのポイントとなる各項目(売上,限界利益,粗利,人件費,人件費以外の販管費)それで創業からを入れてそれぞれにForecast関数を入れて各項目の将来予測数値を入れると,一番影響を受ける営業利益のところは,創業からの移動平均を取ればこんなにハッピーだし,直近5年の移動平均を取ればこんなにアンハッピー,各項目のトレンドの複合効果でそうなります,という話ですね。MACDでも…(笑)それは冗談で,ここではインサイトを得てコミュニケーションにつなげる狙いがあるという程度です(何でもかんでもファンドのせいにしようとしても,ファンドが入る前にダウントレンドは始まっていた!)。
会社の収益構造と市場の関係
「何を何個いくらでどのようにして売っているか」と「原価構造(変動費,製造固定費,販管費含めての)」です。何を何個っていうのが財務の数字だけじゃ現れてこないんです。そのために製品の種類と個数を特定して月次決算の中で製品別にブレークダウンできるようにしないといけません。商品の単位を特定する販売個数を出す平均単価平均限界利益を出すと分析が非常に捗ります。八百屋さんならトマトきゅうり茄子はそれぞれの利益を把握しましょうという話ですね。限界利益率が分かれば,固定費の総額を限界利益率で割り戻せばBEP(Break-Even Point,損益分岐点売上高)が分かります。また,「限界利益を商品別に出す」,ここは力の入れどころで,変動費の割り付けができておくとすごく役立ちます。そのために,仕掛品とか原料の区分と製品への含有量,ロス分の把握とその割り付け,も論点としてあるので非常に大変な作業なんですが,そこをがんばってやることで,その粒度がなるべく高い状態でやることが大事です。そこが上手くできる経理の方と一緒にやってる場合とそうじゃない方が非常にあのバリューアップの難易度が変わります。
そして次に,どういう市場でどういうポジションに自社がいるかを,考えることになります。その時のサプライチェーン全体横軸変数p(process)に対して右肩上がりな(であるはず!)価値付加される富の総量X(p),自分が対象にしてる分野f(field)の富の総量X(f),その総和X(pf)に対して,自社が何パーセント把握できるか(Y),ということを動態的に把握する。そして,X(p)の問題なのか,X(f)の問題なのか,Yの問題なのかを把握する。ただ,X(p)やX(f)がシュリンクしていてもファンドの時間軸では,Yで勝負する,すなわち残存者利益を狙いに行く戦略は欠くことができません。これを意識して5forces/3C/SWOT/4Pの核分析や整理なんかもやらないといけません。
これらは,「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ということです。これは誰かにやってもらってもいいかもしれんが分析できる人は社内にはいないのかもしれません。
とにかくロジックは極力シンプルに,自分でも分からないことがなく,誰でも理解できるくらいまでシンプルにすることが,非常に大切だと思います。
1回ちょっと独自でエクセルをいじって「この製品にはこれぐらい原価入ってるだろ」って自分で落書きして会社に提示したことがあったのですが,全く使えないですね。やっぱり財務データを基礎にすべきで,欲しい情報が得られない場合は,その財務データが不十分性を解消する方向で取り組むのが結局近道です。
レポーティング忙殺されないようにするにはどうするか
これに対する回答は,「プラットフォーマーになること」です。
もう一つはいろんな人が重複して聞いてくるという問題については,定性定量の情報管理のテーブルを作って,「これを見てください,それをDLして好きに加工してください。不十分な点があればそのフィードバックを受けてデータフォーマットを改善します。」というスタンスです。その改善の効果は全ステークホルダーがエンジョイできます。さらに,そのデータフォーマットへの具体的情報の入力はどうするかと言うと,極力各部のレポーティングから列と行が合っていてさっと取り出せる,あるいはそのデータフォーマットに直接入力してもらう形もむちゃくちゃありです。劇的に楽になります。
もう数字は全部全社員に出していいんです。正々堂々と。
モニタリングのポイント
「ファンドは何を知りたいですか?」ということです。
まず,投資家は何を知りたいかわからないという問題についていうと,「時価を知りたい」のです。足元見通し(今後3か月の足元の業績の予想),今期の今のところの固めた着地予想,それだけでいいからもうとにかく早く教えてくれという感じです。さらにエッセンスを加えるとすると,変化率,とりわけ,1週間前の3か月見通しと今週の3か月見通しの変化率を気にしたりします。現状が良化しているか悪化しているかで想像する人たちです。投資家(ファンドのLPや事業会社の株主)に対しては,リターンの見通しをなるべくリアルタイムな最新のデータで報告しないといけません。価値が減じている場合はそのネガティブ情報をどっかのタイミングで出さないといけない。
個人投資家の億り人みたいな人はともかく,機関投資家は長期的成長性や定性面のロマンでより,まずしっかり足元で利益出て当初の投資額よりプラスになっている(含み益)ことを重視します。
営業生産性が下がっているがどうするか
まず,生産性に着目する前に,「そもそも稼げるビジネスやプロダクトやソリューションを持ってるか?」のチェックがまず必要です。これがない場合はかなりつらいです。その上での生産性です。
野球に例えると,打率と打点と打席数ですね。この3つの変数でMECEに把握できます。営業の提案が,例えば1つ50万のプロダクトの提案見積書の提出済み案件を抱えていて,そこからクロージングガンガン進めるとします。ファネルを構成するポイントが何段階かあって最終的に10%成約しましたが,でもそれ去年は15%成約してましたみたいな状況が客観的に存在したときに,それが主観的に認識できない場合はまず認識できるようにしないといけません。そういうことを測定するっていうことで,それはもう営業のプロセスを分解してどの段階が測定可能であるような評価ポイントか(「単位」)を決めること,そしてそのポイントでの単位の数を「数える」ことが必要になります。
それをした上で,何で何が問題なのかが見えてきます。例えば既存のマーケットの刈り尽くしで受注率も粗利率も低下しているとします。これがダブルでかかってきて,0.9x0.9=0.81になってしまう状況があり,これを粗利総額の昨対比1に戻すためには0.81で割り戻して打席数を増やしていた(80時間だった活動時間を100時間にする),ということが分かったりします。そうして粗利を維持しようとするわけですでも残業増えているので,販管費も上がっています,という話です。
その上で打率と打点と打席数のそれぞれをどう改善するか,という話を具体的にしていくことになります。
コベナンツヒットの恐れが出てきた,どうするか
LBOローンは,親会社の保証を求めないので,エクスポージャーが減りMOICが上がるのですが,対象会社の与信だけで銀行は資金を貸すので,対象会社の財務状態については非常にセンシティブになります。貸付時に,コベナンツ(財務制限条項)を付けるのが一般的です。財務コベナンツとして一番きついのは,のれん償却後の営業利益の赤字禁止が一番厳しいかもしれません。売上と粗利率の低下と販管費の逓増でのれん償却前の営業利益4億→1億なんか,企業はすぐあります。そこへきてのれん償却費が年間2億くらい載ってくるわけです。営業利益の見通しが赤字になりそうですっていうのが四半期の業績等に現れてきてしまうと,銀行がもう焦ってきます。しかも1行ということはなく,3行くらいからは借りているのが通常なので,もうファンドの担当者,PMI担当者は,あるいは会社は,いろいろと対応しなければならないことが増えてしまいます。試算表を出してください,見通しを出してください,など。
コベナンツヒットの効果は,期限の利益の喪失ですが,Waiverといってその権利を放棄させることができることがあります。無理やり回収して会社潰すよりも救済した方が将来的にwin-winであるということです。
また,これとは別に赤字によりのれんの減損を行わなければならなりという会計上の問題も生じえます。これがまたコベナンツに関わる話です。
ここで,LBOのメリットとデメリットについて整理しておきます。
メリットは,エクスポージャーが減ってますので事業の利回りが負債の利回りに勝っている限り,MOICは上がります。財務規律が発生するとされます。のれんの償却に勝てるぐらいの営業利益をしっかり出し続けることが大事とされます(実証データあんまりないのかなって気もしますが)。
デメリットは,まず,倒産確率が上がります。固定金利で借りられることはないと思うので,資本コストの上昇が怖いです。マチュリティラダーの設計に失敗すると,銀行間で利益相反状態になります。あとは事業の硬直性,例えば「台風で工場が破損しました」あるいは「競争環境はすごくいいんで新しい工場作りたいです」とか,投資時のProjactionに入ってないことについては難しくなる局面があります。プロジェクション時にファンドが買収後の資金計画まで想定して描ききれるかというとそんなことはないですね。会社は借金漬けにされて新しいことができにくくなるということあります。
ここでの結論は,事業会社でM&Aをするときは,LBOを使わない方が,絶対資本コストも安い上,事業の柔軟性も高いので,私は事業会社に対しては,LBOを使わないことをお勧めしています。ただ,コーポレートで借りてフルエクで投資する場合には,投資ガバナンスの構築には注意してください。
モチベーションを上げる仕組み作り
野球でいうと,ストライクゾーンが明確になって評価尺度が明確になってるということがモチベーションの前提条件です。「あなたは投げ方がきれいですね」と言われてもいまいちピンとこないわけです。そこが明確になってくると生まれるエネルギーが飛躍的に高まる分けです。私が好きな映画に,マネーボールという映画がありますが,あれはもう「バントするな,盗塁するな,守備力は関係ない,打率・長打率・ホームラン数・打点,関係ない。とにかくデッドボールでもなんでもいいので出塁しろ(=アウトになるな)。出塁率の高さを見る」が評価尺度であり,グランドルールです。
マネーボールの話をしましたが,そういう「何のゲームを私たちはしていてるのか,何をすればそのゲームにおける『勝利』につながるのか,そのゲームのでの勝利につながる要素は何か」を考えてゲームをクリアすることにマインドが転換すると,没頭できていいわけです。
あとは,組織構造をロジカルにして,レイヤーを合わせるというのも秘訣です。部長と部長,課長と課長,営業メンバーと営業メンバーに対等な関係で競争してもらえば,何かを働きかけなくても,結果という事実が語ってくれます。
ロジックとパッション
パッションを持った状態とある程度分析してある状態が,うまくミックスされることで,一番力が出ると思います。野球でいうと,野村監督のロジカル野球の後に星野監督のパッションがが注入されて優勝する,何年も一緒しなかったチームが優勝する,みたいな。それ阪神でも楽天でも再現されてるんでもう証明といっていいでしょう(笑)。M&Aによって単なる財産の帰属主体の変更ではなく,価値が想像されるとしたら,そういった経営体制変更に伴う化学反応なんだと思います。