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未上場会社をM&Aでどのようにバリューアップするか

動的平衡を描写する試み

2020年6月26日

会社のバリューアップとは
エメラルドの採掘から流通するところまでを考えてみます。コロンビアの危険地帯の鉱山から見つけ出して採掘し,鑑定をしたり加工したりして,流通し,相場の高い時に売るということを考える。

未上場会社の株式についても,普通は売り物じゃない未上場株がエージェントの努力により見つかるわけです。それをM&Aのロジックで売れる「商品」として加工します。それを,最適なタイミングで最適な人たちに売っているという活動があります。そして買った人はもっとその株式の価値を上げていこうとするわけです。

バリューアップをする人がエンジョイできる利益は,採掘やアービトラージの利益ではなく,そのインカムゲインとインカムゲインの上昇に起因するキャピタルゲインになるわけです。

M&Aによりオーナーが替わると何ができるか

ファンドのメンバーは対象会社よりもう少し広いフィールドを知っています。広く浅くという感じです。そうすると,会社にとってはすごくリスクが大きくてたまらない,怖くてたまらない,というような設備や人に対する投資を思い切って実行できたりするわけです。例えば,工場もう一つ作りましょう,というように。「総生産量の拡大」という根本的な部分に自信をもって取り組めるようにするということです。

会社運営にあたっての人間的側面

会社のバリューアップの一つの核心は,会社のメンバーと投資家が課題を共有して自分ごととして取り組んでもらうようにすることです。そういう目標感をもってファンドのメンバーが会社の中に入っていったときに,ものすごくよく見えてしまうのが,会社内の各プレーヤーのその人その人が,「保身で喋っているか会社が良くなるために喋ってるいるか」ということです。会社内が保身のゲームに陥っているときもあります。そうすると発言が重い,全然自由闊達な議論がされない,全体最適じゃなく個別最適,MECEじゃない,もう結局その場で必要なことだけ刹那的に言う,という感じになってる状態が見られます。本当は,会社のメンバーも投資家も,もう本当に煎じ詰めれば株式価値(純資産額)が増えればいいんですね。同じゴールに向かって進めばいいのです。

原因分析と対策

なぜそのように保身的視点で視座が低くなってしまう人が出るのか。一つは,自分の地位が脅かされているからです。脅かされて淘汰されていくべき人であれば放っておいて構わないかもしれません。しかし,淘汰されるべきでない人がそういう種類の危機感を感じ保身に走ると問題です。

ただし,危機感自体は健全な方向に行けばむしろエネルギー源になります。それがエネルギー源になるためにはどうすれば良いのでしょうか。

野球で喩えると,例えば「ピッチャーがどうやったらがんばれるか」という話です。野球においては,ストライクゾーンが決まっていて,3球で三振が取れてアウトが取れて,点を取られずに27個アウトを取れば試合に勝てるから一生懸命投げるといえます。

会社においても,まず勝利を定義し,組織をそれに向かっていくチームと捉え,その意識を浸透させるという仕掛けが必要となります。

生産性の向上が最重要課題

上記のように,経営者がゲームを定義し,その勝利につながる,生産性の高い利益の出ることに集中するように意欲が出る仕組みが作ればいいわけです。そして保身ゲームのような無駄なことは止めればいいんです。そのためには何をしなきゃいけないかというと,経営者としては,「仕事」の再定義をする,言い換えると「利益の出ることと無駄なことの定義をはっきりさせる」ということです。

実社会ではまだまだ,時間を費やすことが美徳みたいな感じになっていて,漠然ととりあえず会社にいるみたいなことがあります。そのような思考の人を一人でも減らすということが重要です。それで空いた時間にもっともっと仕事してもらうことが必要になります。例えば,多くの会社で無駄な会議をしています。参加して何もしゃべらない,メモも取らない。そんなのは意味がないですね。

情報ツールも進化している中,働き方だけが旧来型からなかなか抜け出せずにいたところ,コロナ禍で劇的に働き方が変わりましたが,コロナ禍の前を我々はしっかりと反省しないといけないと思います。どれだけ無駄なこと放置していたかということに。

メリットシステムと混同しないこと

なお,こういったゲーム的企業観は,過激なメリットシステムと注意深く区別する必要があります。一人一人の貢献利益やパフォーマンスを野球選手のように測定して個々に年俸を決めるようなことは,分業あるいはチーム戦,さらには能力にあまり差がない通常の中小中堅企業では不可能ですし,数字に表れない人間力が大きな組織貢献力のファクターを占めるのでそれを結果指標で評価しようとすると運の要素が入り不正確ですし,そうかといって人間力をダイレクトに人が評価すると好き嫌いが入ってしまいます。バイアス抜きでの評価は不可能と考えます。さらに,数値化でスライトな差まで認識し順位を付け差を確証していくことをすると,個々人の評価に実際以上の差が評価上ついてしまい,組織のまとまりが減じられるデメリット,極端には組織が分断されたり足の引っ張り合いになるリスクもあります。営業担当相互で横の机の注文書を奪って自分のものにしたりするような会社の話も聞いたことがあります。

取り組みの方向性と一般的な目標水準

バリューアップにおいては,会社が,

①個々人のベクトルが同じ方向を向いている

②個々人のベクトルのパワーが増大している

その二つの変数を最大化できるようなことを考えるべきです。

トヨタの改善でもキヤノンの生産革新でもそうですが,まずは,「無駄なことやめる」。それは製造業に限りません。日本人は,世界に誰も追いつけないような生産改善をやってきています。プラザ合意も乗り越えていますので,基本的にはそこの力はすごいと思います。

ここで,注意しなければいけないのは本社の総務のところで生産現場の努力を無駄にする非効率が発生したりすることです。日本の現場の生産能力・改善能力の良さを打ち消してしまってうるのが「本部」です。日本の役所とかを見ていても,COVID-19のPCR検査や感染者数測定のオペレーションを,例えばトヨタの生産管理の人が見ると卒倒するレベルではないんでしょうか。

現場も本部も無駄なことをどんどん辞めることからまずスタートし,その浮いた時間を残業削減につなげてもいいし,他の仕事をやるっていうことにしてもいいと思います。個人的には,残業をしないで十分稼げる,世間相場の賃金を残業なしで実現する,ということを目指してみるのがいいかなと思っています。

ロジックとパッション

M&Aのケミストリーとして,理不尽非合理なことも一生懸命するマインドを持ちつつ,情報戦も制して考え抜いて戦略的に分析も施されているっていう状態がうまくミックスされることで,私は一番力が出ると思います。野球でいうと野村監督のロジカル野球の後に星野監督のパッションが気に入って優勝する何年も一緒しなかったチームは優勝するみたいなそれ阪神でも楽天でも再現されてるんでもう実証済みです(笑)。

バリューの測定(バリュエーションとモニタリング)

会社のバリューが測定できてないと,そもそもバリューアップしたかどうか分かりません。もっと強い言い方をすると,何事も測定できてないものは存在しないとさえ言えると思います。ここで,M&Aの実施時のバリュエーションの基本公式を思い出す必要があります。個人的には,いろいろな評価方法を試してきたのですが,倍率法が一番実用性が高いと思っています。構成要素はストックとフローです。ストックはネットキャッシュ。フローはEBITDAです。EBITDAはフリーキャシュフローじゃないんですが,その代替指標となります。税効果も考えたら半分ぐらいがキャッシュとして残ると言われています。この2つ,論理的見地からMECEです。そして,キャッシュのフローとストックを表す各数字を,時価会計が完全でない簿価会計の数字から取り出そうとすると,フローのEBITDAの方は,営業利益と償却費,ストックのネットキャッシュの方は有利子負債と現金及び現金同等物を使用することになります。基本的なこの二つの変数に着目し,ステークホルダーとも認識を共有します。ここまで煎じ詰めた上で,強固な基盤の上にモニタリングの仕組みを作って,バリューアップの測定をシャープにするのが望ましいと考えます。

なぜ倍率法か(事業用資産の簿価について)

ここで,事業用資産の簿価は考えなくてよいのか?という疑問がありうると思うので,それについて考えます。事業用資産はストックかフローか。キャッシュを生み出せない事業用資産は0と一緒です。事業用資産は購入価格での転売が基本できないためです。「フロー」で表現しつくされます。言い換えると「ストック」としてのネットキャッシュに,事業用資産の簿価を足そうとするとそれは,フローとストックの二重評価になり,redundancyです。その点(キャッシュを生み出せない事業用資産は価値0と同じであり,最大限の注意を払って設備投資を検討しなければならない,という点)が見過ごされ,事業用資産の購入で失敗して倒産してる会社が多くあります。近い例だとシャープの液晶です。私は,企業が倒産するとしたら基本そこだと思ってます。逆に言うと,だからこそ,そこが成功すれば非常に儲かるわけですし,そこがうまい企業が競争優位で他業種がいくら儲かるといっても易々と算入できない参入障壁となるわけですが。

バリュエーションの2つの機能

なお,バリュエーションにはいろんな機能があり,買い下がるためのロジックとしてのバリュエーションと,投資家が時価を評価するためのバリュエーションです。機能的に分類すると,アンダーバリューとフェアバリューに分類することができます。買収時,買収するかどうかの判断を投資家に説明するときはフェアバリュー(に対して「下値(アンダーバリュー)」で刺さった!)で語るべきです。一方買収の局面で売り手さんと話す時はアンダーバリューで語るべきです。もうとにかく「そんな利益でないですよね」とか,ちょっとレトリックも色々使ってアンダーバリューで入ろうとしているうちに,担当者も投資家もアンダーバリューをフェアバリューとして混同してしまい,disから入ってしまうということがあります。というか,それが意識の片隅にもなく,ぐちゃぐちゃになっている場合が非常に多いです。

投資課題の解決

M&Aによって解決したい課題をファンドでは「投資課題」といいます。買収からイグジットまでの5年程度の長いプロセス全体統御するのはこの投資課題です。思ったより早く投資課題が解決できれば5年経たなくてももう売る(売り抜ける),他方,解決できないことが確定したらそれもそれその段階で売るという感じです(損切も含めて)。だいたい,5年間のタイムスパンとなりますが,長い時はもう7年とか持つ時もあります。それが結局投資課題の解決度合いとタイムバリューの兼ね合いで,いつまでにどこまでやればもう潮時なのが決まってきます。あるバイアウトファンドで,会社を買ってそれほど経済環境が変わっていないのに1年で売るというのを見たことあるんですが,そんなデイトレーダーみたいな事やってたら,金融と産業の複合体としてのバイアントファンドに対する社会的信頼が全くなくなってしまい,長期的に合理的でない結果をもたらすと思ったことがあります。

M&Aの体制構築

バイアウトファンドだと,創業メンバー6人ぐらいで事務所を借りて,それなりの経験してた人たちがパートナーで,投資家から100億ぐらいを集めて10年後には200億くらいにするみたいなゲームだったりすると思います。要は少数精鋭でできるということです。結局それで10社くらいの未上場企業のバイアウトを実行し,ポートフォリオとして構成してマネジメントできるという感じです。そういった個人商店の集まりのようなバイアウトファンド観は変わっていないと思いますが,最近は,バリューアップチームを分化させるといった方向で,バイアウトファンドも分業化がみられます。そういうチームには業界の専門家というか,事業の肌感覚が経験から持ち得ている人間を入れたりします。なお,投資前と投資後を分離してチームにするのは責任のなすりつけになって,いいことはないのかなと思います(ライン生産よりセル生産!)。

金と人

M&Aというのは,人に値段をつけているような行為です。人は値段をつけられたとしたら,「俺たちは物じゃねえぞ」という感じがすると思います。不動産みたいになんかシンボリックな媒介項があればいいんですが,ブランド,歴史,理念,システムが未成熟な中小中堅企業は,人の集合体の域をあまり出ていないため,M&Aによっていきなりダイレクトな人身売買的性質を生じます(対して,例えば日清の株主が変わっても従業員はそこまでは感じないと思います。)。これが対立構造を非常に先鋭化させます。

この点をどう緩和するか。答えは,客観的な情報の流通だったりお互いの立場を踏まえた上でわきまえた上でただ同じ目標を見つけて共通の課題を見つけていき,解決するゲームに専念することです。人ではなく物事に集中するように持っていくことです。私は「心を亡くす」感覚を大切にしているのですが,人への不満になっているときは心がまだ残っているという感じで,会社のシステムをどうするか(モチベーションアップという心の問題もシステムで解決するような高次のシステムの話です。)。

なぜM&Aでこのことが問題になるかというと,オーナー企業はその人のカリスマやそのプライベート企業のゲームに承諾した人たちが集まってきた組織なので,それがM&Aによって変えられてしまうためなのです。

人のモチベーション

田中将大選手は,100億もらっても,まだ野球を続けています。それは,野球が人生の意味になっているからやっているのです。人の認識世界は情報の層が何層もあります。欲得の世界ももちろんあります。科学の世界も神が作った世界も併存しているように,週刊誌のゴシップの世界とそうじゃない世界も,同時にあります。全てフィクションであり現実なのです。

抽象論が過ぎましたが,ZOZOの前澤さんがいくら儲かったのかは,M&A後のPMIに関わる人たちにとっては,特にどうでも情報です。儲かってうれしい自分と純粋に会社の発展を願う自分が,同時に存在する以上,後者のような「純粋な」動機の部分,欲得以外の動機の部分に光を当てるように自分が率先して行動する,ということが非常に大切だと思います。

それによっていま自分がやってることがミーニングフルになり,一生懸命仕事できる没頭できるという感じでになります。

M&A専門家の職業倫理

これは専門家の職業倫理の話につながります。マネーの専門家であるM&Aを生業としている専門家サイドが,一番,どの場面においても誰が儲かったとかそういう欲得の話に無関心であることが重要です。弁護士が芸能人から離婚の相談を受けたとします。それでプライベートの話もヒアリングすると思います。しかしそれは,成功裏に事件を解決するために活用する情報でそこに卑しいゴシップ的興味は乗ってこないのと同じような話です。

そういう姿勢で単純にM&Aの成功,PMIの成功にのみ興味があって取り組んでいる,それが好きでやっている。もうそれなら寝食忘れてできるという,いわば変人的な人格を演じるべきです。私は,Queenが最も好きなアーティストなんですが,この前映画でやっていましたが(あれは事実関係も時系列もいろいろと変えられたフィクションですが),初期のフレディマーキュリー(本名はファルーク・バルサラといい,インド系です)はそういった意味での変人です。その後,ソロでCBSと契約したときはビジネス上の債務として曲を作っていますが,輝きは失われてしまった様子が見て取れると思います。

とにかく内発的動機でなんか生み出し続けることが大切だと思います。「金のためにやってます」と一言でも言ったら終わり,というくらいの強い倫理観で仕事に取り組むべきです。ファンドや事業会社でM&Aに関わる人たちは特にそう見られがちなので,そういう職業倫理が特に大切です。

買収後こそ本番

株式譲渡契約の締結でもう力尽きてしまいがちです。その後,会社に関わった後というのはもう受け身の仕事になってしまいがちです。もう今やらなければいけないことをやる,事務を処理するという形になりがちなんですが,その会社にPMI担当者として入って1年は特に大切です。その段階は,頭はまだ,フレッシュで,外からの視点,投資家的な視点,冷静な視点を持てています。イノベーションのジレンマみたいなことも認識しているわけです。そして,半年くらい経ってくれば他方で中のこともわかってきます。その,外部内部の視点が自分の中でアンビバレントに混在した状態があることが非常に大切だと思っています。

ビジネスDDで買収時に一生懸命情報収集して分析して整理してアウトプットするわけですが,投資後1年くらい経ったころに,初期仮説バイアス・現状維持バイアスともに取り払って,ビジネスDDを再度自分の中でやり直すことが有効なバリューアップの手段となります。

また,もっと高次元の話ですが,会社の資源を捉えなおして脱構築することも意識すると非常にいいだろうと思います。なおこれは,他社のトレンドをまねて寄せ集めてビジネスっぽくする作業とは断じて異なります。