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M&A後に何をするか

2020年5月22日

例えば買収後1日目,何をするか。問題なのは,M&Aの場合は多くの場合は,ごく限られた人にだけ言いますが,大半の従業員は直前に知らされることになります。どうするか。全体にする話と個別にする話をまず分けます。誰を呼ぶのか,どのようなメンツで行くのか。など,企業を買ってからのこのしょっぱなは不確実性が高くて想定しなければならないことも多岐にわたるため,本当に大変です。ここからポストクロージングがスタートします。

ポストクロージングは,例えば社長と社長の奥さんの仕事をどう引き継ぐか,そういう話がリアルとしてあります。その他,資産関係の精算,事業用不動産,契約関係,銀行口座開設などきわめて雑務的なことが押し寄せてきます。

その雑務が少し落ち着いたら,バリューアップの課題に取り組みます。

・忙しいのになぜか儲かっていない

・サービス残業が常態化していて承継後の経営陣にこれまでの不満がぶつけられる

・なんだかんだもう1年経って成果があまり出ていないが大丈夫か

こんなところが整理できるといいです。

ここで,事業という答えのない世界と,モニタリングという答えのある世界をまず分けましょう。答えのない世界は,自分なりに模索し確立するのが結局近道という感じですが,ある程度答えのある世界,モニタリングは,やり方は確立はしているので,一発目コンサルを入れてもいいと思います。こういう感じで定性定量をレコーディングしますっていうのを吸収すればいいと思います。ただし,極力会社に合うようにロジカルにそぎ落として再構築していくことが大切です。そういう見地で見ると既存のフォーマットは結構冗長であることが多かろうと思います。この時に,会計との連動性が最も高い状態を目指すべきです。会計の指標が経営指標になるくらい会計を洗練させることがキーになります。

例えば月次決算がされてない場合があると思います。税理士に領収書と請求書と通帳を送ってほぼすべてやってもらっている,ひどい場合は月次もなく,年次で締めて初めて儲かったかどうかちゃんとわかる,という場合だってあります。

デューディリジェンスの際に分かっていたことなんですが,本当に「年で締めてみるまでこの会社は儲かってるかどうかは分からない」っていう会社があります。そん時はもう一次資料(伝票や日時精算メモや注文書等の証憑)に当たって月次を自分で構築するしかないんですね。それはぜひいつでもトライするという心構えでいてください。

大体の会社には,買収後の親会社の水準に合う適した経理マンがいないことも多いです。その会社にはロールモデルがいないので育成することはできません。連れてこなきゃいけないです。

M&Aで十分な利回りを出してるかどうかがわからないことがあります。ここではバリュエーションの考え方(下記 「Valuationの公式」)を軸にし,それを踏まえてモニタリングを行っていく必要があります。

「Valuationの公式」 : 株式価値 = EBITDA x マルチプル + NetCash


それでは,バリューアップをするとすると何をすればいいか。

上記の「Valuationの公式」から,論理的には3つしかなくて,EBITDAを上げるか,マルチプルを上げるか,NetDebtを下げる,この3つをやる,ということです。MECEです。

ただし,その中でも重みづけがあります。

マルチプルはそうそう変わりません。要は業態転換をしないと変わらないので。

そうすると,株式価値の向上(バリューアップ)の方策としては,現実的には,EBITDAを上げるかNetCashを上げるかになってくる。

EBITDAを上げるには売上を上げるかコストを下げる。コストを下げるとしても原価を下げるのか販管費を下げるのか。原価を下げるにも原材料費率を下げるのか固定費を下げるのか。売上を上昇させるにも,プライスを上げればいいのか数量を上げればいいのか。1つの商品を売りまくるのか,商品の種類を増やすのか,1つの顧客に多く売るのか,顧客を増やすのか,ロジックツリー的に分析できますね。

どこに力を入れて行くか決まってくるということになります。

NetCashを上げるには,現金を増やすか負債を減らすの2つです。増やし方は営業CFと投資CFと財務CF(なお,財務CFについては借入でプラスにしても効果なしです)で分解して考えます。間接法でいいのでCS(Cash-flow Statement)を作った方がいいと思います。

非事業資産の売却とかはNetDebtと下げる方向になります。第三者割当増資とかもありしれないですね。買収後,シナジーのあるパートナーにちょっと割高で発行するのもありかもしれませんね。

ここまでがバリューアップです。次にレポーティングイシューです。

投資先の新社長が,本社からの矢継ぎ早の質問に対してどう報告していいかわからない。財務からも報告が求められます。親会社の社長からとっぴな質問も来ます。管理本部からも来ます。役員会前にこういう情報もやっぱりほしいときます。

こんなことばっかりに忙殺されてたら経営にならない。どうするか。その答えは,

「報告の型を作る」

です。月次,進行期累計,年次,ファイナンス(金額/レンダー/借入期間/金利),パイプラインなどを,社内のレポーティングシステムとともに構築します。「これ見てください,これで足りなければ言ってください」と常にそういう風にして,コミュニケーションのN対1の構造に十分耐えうるような情報管理をこっちでしていますというのを見せることが肝要です。見せるための資料ではなく,社内のディシジョンメイキングができる情報整理の在り方を社内で体現する,ということです。

また,意外におろそかになりそうなポイントは以下の4つです。不急のため省略されがちなのですが,とても重要です。

①会社の目的の明確な提示を社内外に行う

②会社の目的に即した魅力的な自社会社案内やWebsiteを作る

③会社のファクトブックを作る(規模,業種,その他)

④社内外のパートナーとの関係性を新たに構築する

次に成長戦略です。コツは,ビジネスデューディリジェンスのレポートをおろそかにしないことと,かといってそれに縛られないことです。また,オーナーは経験豊富であるものの,情報弱者でもあり,その辺り,信じる部分と信じない部分をうまく作ることです。守破離の精神です。

ここで戦略論です。

どういうポジションにいるからそのサプライチェーン全体の,原材料費からエンドの価格までの価格の上がり具合,エンドが5000円でとしても,メーカーでの元の原材料費に関してはせいぜい500円の世界です。その4500円の付加価値合計の何パーセントがその会社が保持できてるかっていう話です。

このサプライチェーンでの付加価値の自社の捕獲パーセンテージ「Y」は,非常に大事です。縦への独占という話です。

また,さらに考えないといけないのは横への独占,シェアの話です。縦横にどう拡大するかはあるいは何はしないか,これが戦略を考えるTipsのひとつです。

その上で,そのポジションや市場を過去から将来未来まで動態的に把握しましょう。今ここのポジションにいて儲かってる,あるいはもうかってないけどこれでいいのか,これからどうするか。例えばもっと部材ではなく完成品で販売した方がいいのか…そんな感じですよね。

付加価値の独立変数XYとその動態が見えてて戦略の意思決定をしているオーナーは少ないと思います。オーナー企業であればもう肌感覚でやれるんですが,M&Aで新しく入ってきたとするともうそこは1から見てかないといけないと思うし,それが色眼鏡がなくやれることが非常に大きな機能だと思います。

自社の立ち位置とサプライチェーンでの貢献に応じた対価と競合シェアとの戦いにどの程度買ってるか負けてるかの把握が,重要になってくるのかなと思います。分かりやすい業界ばかりじゃないと思うんで本当に大変なんですけど。

納期遅れの問題が頻発している場合。営業活動してもそもそも生産キャパがない。営業アポイントはいくらでも入れれます,挨拶回りだったり新商品の紹介とか。「じゃあ作れるの?」と。受注生産で2か月待ちで。これについては,とにかく生産改善をするあるいは設備投資をして生産能力増強をするしかない,ということになります。

まあほとんどのメーカーで生産キャパシティの問題が大きいのかなと思います。基本的にフル稼働を目指して,人にも設備にも余計な投資はしないはずなので。ビジネスDDで一番重要なのは生産キャパシティを見るところじゃないかと思います。

商品を特定して販売個数を出して平均単価・商品類型別ので平均限界利益を出して生産キャパしてみて固定費を算出して,で,マクロ,原料から完成品になるまで,それから完成品として市場で販売されてエンドユーザーが買ってる金額まで把握する,ということが重要です。

その上で,市場を定義し直したり競合製品と比較して優位性を見つけて PR したり市場シェアを整理したり,市場のトレンドのキャッチアップあるいはリードすることと自社のシェアの獲得を考えていくことになります。

次に人の心の問題です。

人は人の心を支配したり操作したりする権利はありません。あくまでもシステムからアプローチすべき,というのが筆者の信念です。

ここでビッグイシューとなるのが労務問題。サービス残業が常態化してて,事業承継後の新経営陣にこれまで不満がぶつけられたと。これよくあるんですねもう。怖いオーナーさんだから言えなかったことを新しい株主だからまあ優しそうだしもう言っちゃえで,これにどう対応するかは,残業代が出てなかったら出す。以上。それが与件で,そこから考えるということです。付言すると,基本的にはもうコンプライアンスについては,浅いロジックで言ってきた場合にはもうちょっと調べなきゃいけないですけど,ちゃんと根拠があってやんなきゃいけないなってことありますね。それで儲からなかったらもうそれは見る目がなかったって話だし努力が足りないって考えになります。

難しいのが仕入先です。納入品の価格を上げたいってすごく言われます。それにしてもサプライヤーさんは,オーナー引退後の新経営陣にたいして,「前のオーナーさんが苦しい時にこんなに俺たちは貢献してあげたんだよ」みたいな話を,みんな本当に同じ判で押したようにしてきます。「前のオーナーさんの時にすごく僕らは我慢してこの値段でやってたんだよ今もうそんな値段じゃやってないよどこにも」と。新しい経営陣になったらまあほとんどのサプライヤー言ってきたんじゃないでしょうか。オーナーが変わったときに値段を上げる,これは不正義でもなく,当然の相場感覚です。


サプライヤーに関しては,ものすごい「イッテンモノ」とか,いっぱいあります。性能的にもそうですし,あとは,オペレーションがもうそこに組み込まれてて,ほかだとこんな小分けで販売してくれないとか,他のサプライヤーがいないとか,これからテストするにも完製品の品質が変わっちゃうとか,です。そこの価格交渉は,ちょっと大変ですが,オーナー,会社,及び従業員のためには戦いどころです。


さて,もっと発展させたいとして活動してがむしゃらに1年やったが成果が出ない。こういうことはよくあると思います。1年で成果なんて出ることはそんなにないんですね。しかし,この時が一番チャンスなんです。大事です。この時にこそ次の計画を立てるに最適な時なんです。当初の計画と経営に入った後の完全情報状態になった後の計画は当然異なるものになるので,改めて計画を建て直すべきです。

乗り込んで1年経った時が大切だと思っています。というのは,情報が充実してるんで地に足のついた計画が立てられる。ビジネスデューディリジェンスで,将来の計画策定を当然しています。しかし所詮机上の空論です。それと同じパワーで1年後に本格的に立てましょうというのがここでのメッセージです。現場には縷々ファクトがあります。工場の生産工程のようなスペシフィックな話に前がかりでどんどん入っていく必要があります。ここで伝えたいことは,買収前に分かっていることは10%もない,また,親会社やファンドの経営陣はその辺りの感覚をつかんでいない情報弱者である,ということなんです。

将来の方向性を踏まえた上で将来キャッシュフローの改善余地を把握し,製品の事業ポートフォリオの変更やマーケティング戦略の再構築,などが改善項目です。この辺の種を仕込んでおく,トライ&エラーでうまくいきそうなものを洗い出しておき,次の予算だったり中期計画を作る時のネタにします。

そこまでに何をテストしてうまくいってうまくいかないをやってた試行錯誤が,その後その次の取り組みにつながって行く,ということになりますね。

バリューアップの話は泥臭い話ですが理論的見地からシンプルにいうと,つまるところEBITDAです。株式価値の構成要素はEBITDAとマルチプルとNetCashです。コントローラブルな変数はEBITDAとNetCashです。EBITDAが上がれば自然にNetCashは減っていきます。

会社の株式価値を上げるためにEBITDAを上げたいといっても,減価償却費は固定費であり,結局,営業利益と,その前提としての限界利益を増やすにはどうするかという話を,ずっと考えて組織を動かし自分も行動し続ける。そこだけです。

PEファンドの投資は,昔は安いマルチプルで買って5年寝かして売るというアービトラージが基本でした。「アジアで取れた胡椒がヨーロッパでは金と同じ値段です」みたいな。しかし近年は,企業買収に関わるプレーヤーが増えてきており競争が激しくなり,それがもう通用しないという状態になりつつあり,バリューアップのところは非常に注目されている分野となっております。バリューアップの重要性が近年高まっています。最近は,バイアウトファンドでは,インベストメントチームとバリューアップチームで分かれてきてます。バリューアップチームは業界経験者だったり要するに経験者を取るようにしていて,金融投資家のProfessionでは対応できないところを求められているというのが,バイアウトファンドの現在状況です。

医療,製造,小売など,それぞれに詳しい人がPEファンドの内部も必要になってきています。一人の人間がさすがに金融も個別の業界もというのは無理なので,個別業界のプロフェッションを持ったスタッフを確保し,EBITDAを上げ企業価値ないし株式価値をしっかり上げていくことに取り組むようになってきました。

バリューアップをしっかりやるっていう感じになってきて,今日,その点で各ファンド運営会社が差別化してきています。なぜそういう潮流になっているかと言うと,繰り返しになりますが,結局,エントリーのコストが上がってるんですね。競争が激しくなってマルチプルを高くしないと買えないということが影響していると思われます。